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WORLD REPORT
苦しかった日々を乗り越え、ニュージーランドの小さな島にある高校へ
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プロフィール
さん
1986年生まれ。高校2年生の時に、ニュージーランド・オークランドにあるワイヘキ島内のワイヘキ高校に留学。ワイヘキ高校は小中高が一緒になった学校で、全校生なんと300名。卒業後は帰国子女として横浜市立大学に進学し、現在は横浜でキャンパスライフを送っている。
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− 不登校になってしまった理由は?
父の仕事の都合で、高校1年の時に引越しをしたのですが、引っ越した先の環境にうまく馴染めず、新しい学校にも違和感を感じたのです。学校が合わなかったんですね。
− 具体的にはどんなところが合わなかったのでしょう?
 留学1年目。ドイツ人留学生と
とても歴史のある学校だったんですが、以前通っていた学校に比べて校舎も古いし、先生がとても威圧的に感じました。だんだんと「何で私はこの学校に来ているんだろう?」と考えるようになってしまいました。
− 行かなくなったのは2年生から?
1年生の時はなんとか通っていましたが、2年生になると、登校はしても1時間も教室にいられなくなってしまい、5月くらいに学校へ行くのをやめました。その頃は毎日「この先、どうしよう」と悩んでいて、泣いていました。「今まで一生懸命勉強してきたのに、なんでこんな目にあわなければいけないんだろう」と、自分がかわいそうで苦しかったです。
− 苦しい状態から、留学に目が向いたのは何がきっかけでしたか?
 高校の卒業式
学校に行くのをやめた頃に家族でグアムに行ったのですが、それが楽しくて、海外に興味が芽生えました。もともと英語も好きだったんです。
学校に行かなくなってからバイトを始め、図書館に行ったりしていて、とりあえず大検を受けようと資料を探していた時に、ある留学会社が発行している留学体験談の本を見つけました。読んでみると、不登校だった人の体験談もあって、留学という選択肢を考えるようになりました。大検のことを調べるうち、かかる費用が留学と同じくらいだったので、それなら好きな英語に特化できる留学をしようと決めました。
− 「留学したい」と言った時のご両親の反応は?
かなり驚いたようです。でもOKしてもらえ、すぐに留学会社に行ってカウンセリングを受け、比較的費用がリーズナブルなニュージーランドを留学先に決めました。翌年1月に出発し、ニュージーランドでは高校2年からやり直して、卒業まで2年間通いました。
− ニュージーランドの中でも、なぜワイヘキ島を選んだのですか?
 学校のピクニック
島に住んでみたいなと思ったんです。でも、ワイヘキ島は、雨水をろ過してタンクに入れているような田舎の町で、着いて3日で帰りたくなりました。毎日家に電話して泣き言を言うと、母親が電話口で笑うんですよ。怒られるんなら泣きつけるけど、笑いながら「呆れてものも言えない」と言われてしまったのです。「これはやばい」と考え直し、1学期は頑張って学校へ行かなきゃいけないと思いました。それで1学期が過ぎると「ここでやっていけるかも」と思えるようになりましたね。
− 日本の高校とは何が一番違いましたか?
日本の学校のように決まったクラスもなく、科目によってクラスメイトが変わります。そのせいか、いつも友達同士で固まっているようなこともなくて、休み時間やランチタイムは友達と過ごしてもいいし、ひとりで好きなことをしてもいいし、すべて自分次第。誰も気にする人はいないので、マイペースでいられました。
それから学校の前が海だったので、授業でシーカヤックなどのマリンスポーツが選択できたんですよ。ホームステイ先もビーチまで歩いて3分のところにあって、毎日学校から帰るとすぐに水着に着替え、バスタオルを巻いてビーチまで走っていき、海で泳いでました。
− 学校ではどんな授業を選択しましたか?
留学後は帰国生枠で日本の大学に進学しようと考えていたので、教養系の授業は全部取り、ひたすら勉強していました。留学生活に楽しさを求めてはいましたが、現実的に英語がものにならなければ行った意味がないので、本当に一生懸命勉強しました。ワイヘキ島は海以外に遊ぶところもないし、勉強するにはベストな環境。週1回はフェリーに乗ってNZ最大都市のオークランドへ行き、おいしいものを食べてストレス発散していました。
− 日本の大学を受けようと思ったのは?
留学2年目の1月には決めていて、6月に一時帰国した時に帰国生枠受験のためのサマーコースを受講しました。大学では教職科目を取っていて、そろそろ教育実習が始まります。今のところ、先生になるつもりはないのですが…。
− 今、振り返って「留学」は大きな転換点だったと思いますか?
そう思います。留学生活がうまくいって、ずいぶんと自由になれました。以前よりは強くなったと思います。
協力:ICC国際交流委員会
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