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WORLD REPORT

留学によって自分らしさを思い出しました

プロフィール

さん

1981年生まれ、大阪府出身。1997年からオーストラリア・メルボルンにあるグレンアエラ高校に留学。1999年にホーソン高校に転校し、卒業後はメルボルンにあるモナッシュ大学に進学。専攻はビジュアルアート。帰国して日本で就職したのち、再びオーストラリアに戻り、大学院でアートセラピーを勉強している。

− 中学に行かなくなってしまったのはなぜ?
クラスメート数人とうまくいかなくなったことがきっかけです。リーダー格の子とその周りの子達が一方的に無視してきただけでしたが、その当時は自分でどのように対処すればいいのかもわかりませんでした。それに、受験や点数での評価が全てであるというような教育システムにも疑問を感じていました。塾では偏差値や内申点の取り方を教え込まれ、自分で言うのも図々しいですが、当時成績が良い方だった私には「いい点が取れて当たり前」というまわりのプレッシャーもありました。いろいろな疑問、プレッシャー、痛みから逃げたくて、不登校になったと思います。今振り返ると、とても自分は弱かったと感じます。

− オーストラリアに高校留学を決意したきっかけは?


メルボルン高校時代に母親のようにお世話になった現地ガーディアンとシドニーで再開
最初は両親のアイデアでした。私自身、不登校になった時点で、自分の人生が絶望的に思え(今から思えばとんでもない話ですが)、日本の高校への進学に不安がありました。また、頑張らなくては生きていけない環境に自分を置きたかったというのも理由のひとつです。

− 留学に何を期待しましたか?
自分が変われるのではないかと思いました。真っ暗だった自分の人生が少し明るくなって、一から始められるのではないかと思いました。親から離れることに対しての不安はなく、ただただ、希望に満ちあふれていたように思います。

− 語学上達のためにどんな工夫をしましたか。
当時の語学力は、一般的な中学生レベルだったと思います。母が昔、高校の英語の教師をしていたので、留学前は母に教えてもらっていました。読み書きに苦労をした覚えはありませんが、最初はSpeakingが苦手で、質問されていることがわかっても、どう答えて良いのかわからず困りました。
それを克服するために、クラスメートとよく喋り、休み時間によく遊びました。日本人とは意識してあまりくっつかないようにしていました。でも、それは語学のためというだけではなく、同年代の日本人に自分は拒否される、という恐怖があったからだと思います。

− どうやって学校に馴染んで行ったのですか?
半年間の英語学校での勉強の後、現地の高校に入った当初は、クラスに馴染めずに淋しい思いをしましたが、15歳という年齢のせいか、比較的早く馴染めたと思います。「日本では××だったのに…」という考え方をせず「郷に入りては郷に従え」を実行したからでしょうか。できるだけクラスメートと話す努力をしたことも良かったのかもしれません。こちらが話すことは、下手な英語でもみんな真剣に聞いてくれました。お昼休みの誘いなども、極力断らないようにしました。

− メルボルンへ移り、カルチャーショックを受けたことは?
日本で感じていた孤独や寂しさから解放されるのであれば、何でも頑張ると意気込んできたので、全てのことが新鮮で興味深く、おもしろかったです。

− ホストファミリーとはすぐに打ち解けましたか?
ホストファミリーは2回変わっています。最初のホームステイでは、私の他に7人ほど留学生が住んでいて、ホームステイビジネスという感じ。下宿のような感じで、食事も1人で食べていました。2年目に移ったところは居心地が良く、4年間住みました。食事の時によく話し、小学生のホストブラザーと一緒に遊んだりしていました。

− 卒業後はメルボルンの大学に進学したのですね。
最初から日本に帰るつもりはありませんでした。メルボルンで友達もたくさんできて、少し自信が持てるようになっていたので、その環境をできるだけ変えずに自分の興味のある勉強を続けたいと思いました。大学は、ヴィジュアルアート科の絵画専攻。デッサンやペインティング(絵画)の実技がメインで、小さな制作場所が生徒それぞれに与えられました。絵画の授業では何週間かに1度、自分の作品を皆の前で発表します。時には酷評もあり、英語でハンデがある私には精神的に少し辛い部分でした。高校と違い、大学では「外国人だから」では通じません。エッセイを書いても、文法ミスや表現方法の稚拙さで評価が下がることが多かったです。

− 日本で就職し、再びオーストラリアの大学院に進学した理由は?
本当は帰国したくありませんでした。でもそのままオーストラリアにいたのでは、住み心地が良すぎて刺激がない生活を送るのではと感じ、本当は怖いけれど、日本に帰って波にもまれてみようと思ったのです。
日本での就職は不安がいっぱいでした。実際、会社の面接を受けてみても、一般的な日本企業はまだまだ帰国子女に強い偏見をもっているところが多いと感じました。でも、傷ついたりひるんだりはしませんでした。7年間メルボルンで生活したことで、ある程度の生活術や知恵、コミュニケーションスキルが身に付いたという自信があったからです。帰国当時から、2〜3年後にはまたオーストラリアの学校へ戻ろうと決めていました。

− 現在は大学院で何を学んでいるのですか?
Graduate Diploma in Expressive Therapiesといって、創作や芸術表現を使った心理セラピーの勉強です。アーティストとして絵画を続けて行くことに限界を感じていたし、創作そのものよりも、たくさんの人とコミュニケーションを取って共感し合い、少しでも人の役に立つことがしたいと思ったのです。カウンセリングや児童福祉に興味を持っていたのですが、今まで自分が勉強したことが活かして興味のある分野に進むには…と調べていた時、今のコースに出合いました。
授業ではプロのセラピストとしてのスキルや考え方を学んだり、アートセラピー、ミュージックセラピー、ドラマセラピーなど、いろいろなタイプのセラピーの方法を体験。時には、プロのセラピストから実例を聞いて勉強しています。

− 将来の夢を教えてください。
日本に帰って、子供たちのために働きたいです。数年前までは「日本には帰らない。日本では私は幸せになれない」と思っていましたが、今は違います。日本で働いた時にいろいろな人とコミュニケーションを取る機会に恵まれ、「人間は素敵なんだ」と改めて感じました。
子供の頃に「未来は絶望的だ、人間と関われば傷ついてつらい」と感じていた私が、これほど変われたのです。日本を捨て、海外で生活して幸せになったとしても、それは今の私にとっては自己中心的な事のような気がします。日本に帰って社会に貢献することが、筋の通ったことだと感じるのです。遠回りをしたかもしれないけれど、なるべくして、今の自分があると感じています。自分の経験や今勉強していることをもとに、これからの子供たちが「未来が楽しみだ!」と感じられるよう、お手伝いがしたいです。


協力:ICC国際交流委員会


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